すべてがネタになる

1998|07|09|10|11|12|
1999|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2000|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2001|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2002|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2003|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2004|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2005|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2006|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2007|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2008|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2009|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2010|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2011|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2012|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2013|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2014|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2015|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2016|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2017|01|02|03|04|05|08|09|10|11|12|
2018|01|02|03|04|05|06|08|11|
2019|01|02|06|07|08|09|10|12|
2020|01|03|04|05|
2002年
2月
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28

※意見には個人差があります。(c)さだまさし

※つっこみ機能は終了しました。


2002年02月21日(木) [長年日記]

み〜なさんが「アタック25」に出演するということで、観戦に行ってきました。(これ書いてるのは放送後なのでご安心を)

とはいえ、この卒論でくそ忙しいときに収録とは、なんとタイミングの悪いことか。それでも滅多にない(現役では4年ぶり)ことなので、というよりテレビものを知ってて見過ごすことなんかできないという私の体質のため(笑)、「応援に来ますか?」の問いに「行けなくても行く」などと返事をしておきました。

そこで取った手法は、次の日の朝からよその研究室の設備を借りる実験を入れておいて、徹夜で実験をやってそのまま大阪入り、睡眠時間は電車の中で取る、という無茶な手法でした。そうでもしないと時間なんて取れません、時間はこうやって作るんです、なんて。集合は朝日放送(ABC)に12時20分ということだったので、あらかじめ近鉄の優待券(一枚でどの区間でも一度だけ乗れる)を金券ショップで1,400円で手に入れておき、実験の終わる時間によって、早めに終われば鈍行で、ぎりぎりだったらアーバンライナーで、ということにしておきました。初めの目論見では5時台に実験を終わらせて、鈍行で無意味に早く大阪入りし、交通費支給で説明やメイクのため応援組より1時間早く大阪入りするみ〜なさんを無意味に迎撃してやろうと思っていたのですが、結局実験が終わったのは7時半、鈍行で行くと集合時刻ぎりぎりだったため、無意味な企ては話のネタにしかなりませんでした。

ABCの入口でSAKANAたちを見つけたので襲撃し、一緒に建物の中へ。階段を上って2階でお待ちくださいとのこと。放送局に正面玄関から入るのは久しぶり。なお、先月も「プロジェクトQ」の予選でここに来たけれど(1月6日の日記参照)、そのときは裏口から入ってエレベーターで会議室に連れて行かれました。2階には待合室みたいなところがあって、そこにはすでにサークルの面々がいました。

時間になったので、狭い廊下を抜けてAスタジオへ。その途中では、パネリスト4名が説明を受けていました。説明をしているスタッフの1人は、先日予選を受けた際の面接官でした。Aスタ入口のスケジュール表によれば、いつもは隔週収録つまり2本録りらしいのですが、今日は改編期前ということもあってか3本録りで、我々はその1本目でした。隣のBスタジオでは「ワイド!ABCDE〜す」の収録が行われるようで、こっちも気になりますが。

観客席に着席。意外とセットはこぢんまりしていて、スポンサーのせいか手が込んでいました。我々は青の席で応援団は10人くらいだったのですが、その後ろのほうにはどこから連れてきたのかエキストラの方々が。目の前ではパネルの調整が。最後の映像の際にクロマキーとして使われ放送には登場しない「紫のパネル」を見られて感激しているうちにパネリスト登場。椅子の高さとか立ち位置とかを調整。そして、司会の児玉清さんと問題読みの沢木美佳子さんが登場し、記念撮影。リハーサル。実際の読み上げ問題と映像問題(これは前の収録で使われオンエア前の回のもの)を数問こなした後、パネルの取り方を練習。これが意外と難しい。解答席に座っていたらきっともっと難しい。なかなか奥が深いです。それからスタッフ紹介。児玉さん自らが紹介を行うとは。ここで、面接官がプロデューサーだということが判明。監修の堤章三さん(放送作家。アップダウンクイズの考案者。長年アタック25の構成を行ってきた)も拝顔できました。

そして、本番。印象としては、カットの少ない番組だな、と思いました。モニターを見ている限り、字幕は入りませんが、カメラワークとかパネル画面への切り替えとか、ほとんど放送そのまま。ただ、パネルを取ったときや映像のBGMはその場で流れますが、誤答時の効果音は児玉さん自らが司会者席にあるブザーのボタンを押すときは流れるものの、そうでない場合も多く、その場合はアフレコになります。アタックチャンス前には児玉さん直々に飴が配られます(通称コダマアメ)。このとき、立ったり座ったりするシーンを別撮り。つまり、パネルの取り方を考える時間があります。でも通常は放送の流れそのままなので即答を要されます(なので「何故5番に入らない!」などと児玉さんに言われてしまうわけです)。微妙な答えをした時はとりあえずその場で判定するものの、協議の結果判定が覆り取り直しになることも。

ということで、我らがみ〜なさんは、序盤はうまくいっていたものの、様子見をしていた赤の廣田さん(RUQSのOBらしい)に勝負所をすべて取られて、悲劇のヒロインになってしまいました。観客席で見ていても辛かったです。これでは「おごってくれ」と言うこともできず。さらにその後に、み〜なさんが唯一間違えた音楽問題を撮り直し。

次の回の収録があるので観客席を追い出され、その際にABCのタオルをもらいました。そして、玄関で待つこと数十分、紙袋をぶら下げたみ〜なさんが出てきました。参加賞はその場でもらえるようです。

「5年って長いよ・・・・・・」(み〜なさん談)

その後は、どじょう組とサークルの面子に分かれて歓談ないし大阪観光。SAKANAたちとカツ丼を食べて、1,200円のパヘェ食べて、雪苺娘を買わされて、名古屋へ帰りました。

(注)「アタック25」:日曜の昼1時25分からテレビ朝日系列で放送されているクイズ番組。制作は大阪・朝日放送(ABC)。昭和50年4月から放送されており、この収録(2002年3月3日放送分)が第1350回。長寿番組のためか、一度出場したら5年間は出場できないルールがある。


訪問者数 今日 昨日

携帯からでもこの日記を読むことができます。URLも同じです。

管理人が不適当と判断したツッコミは、断りなく削除することがあります。常識的な書き込みを望みます。